
「自分の専門知識を使って、継続的に売上が立つサービスを作りたい」
そんな方にとって、マイクロSaaSは検討する価値のある選択肢です。特定のお客様の課題に絞り、個人や少人数でソフトウェアを提供する。大きな組織を作らなくても、事業を始められる可能性があります。
ただ、僕が新規事業の相談で大切にしているのは「何を作れるか」よりも「誰に、どんな価値を届けるか」です。
AIで機能を作れることと、お客様がお金を払って使い続けることは別の問題です。
この記事では、僕たちの事業開発やコーチングの経験を手がかりに、マイクロSaaSのアイデアをどう見つけ、事業として確かめていくかをお話しします。
マイクロSaaSとは、特定の課題に絞った小規模なSaaS
マイクロSaaSとは、ニッチな市場や明確な課題に対象を絞り、個人や小規模なチームで運営するSaaSのことです。SaaSは、インターネット経由でソフトウェアを提供する形態で、月額・年額などの継続課金がよく用いられます。
一般的なSaaSとの違いは、主に対象と機能の広さ
マイクロSaaSもSaaSの一種です。「何人以下なら該当する」という線引きより、どこまで対象を絞るかで考えると分かりやすいでしょう。
| 比較する点 | 広範な課題を扱うSaaS | マイクロSaaS |
|---|---|---|
| 対象顧客 | 複数の業種や部門など | 特定の業種・職種・利用場面など |
| 解決する課題 | 複数の業務をまとめて支援 | 限定された課題を集中的に解決 |
| 機能 | 幅広い機能や連携 | 中心となる機能に絞る |
| 運営体制 | 規模に応じてさまざま | 個人や少人数が中心 |
これは傾向を整理したもので、厳密な分類ではありません。大規模なSaaSでも、最初は一つの課題から始まることがあります。
僕は、マイクロSaaSの「小ささ」は、提供価値の小ささではなく、解決する範囲の絞り込みとして捉えるとよいと思います。
メリットは専門性を生かせること。注意点は運営が残ること
対象を絞れば、自分がよく知っている仕事や業界の困りごとを、機能に落とし込みやすくなります。最初から幅広い機能をそろえる必要もありません。
一方、機能が少なくても、問い合わせ対応、不具合修正、課金管理、データの取り扱いといった仕事は残ります。AIを使う場合は、利用量に応じた費用も考える必要があります。
つまり「小規模だから最初から手間がかからない」とは限りません。事業を育てる中で、サポートや保守をどう分担するか、業務をどこまで自動化するかも考えていくことになります。
アイデアの出発点は、すでに繰り返し受けている相談にある
僕の周辺で、専門知識をソフトウェアとして届ける例になっているのが「AI秦卓民」です。どんな相談や経験が、サービスのアイデアにつながったのかを見ていきます。
僕は約2年間、フリーランスや経営者、一人社長の方々から相談を受け、コーチングをしてきました。営業、目標設定、組織、マインドセットなどの相談です。
その過去の相談と回答をもとに、ビジネスパートナーのユウスケさんがシステムを開発しました。僕が自分で実装したものではありません。
公開動画では、過去のQ&Aを参照して回答する機能に加えて、商談のテキストログにフィードバックする機能を紹介しています。
「営業を支援する」から「商談後に振り返れる」へ絞る
この事例で注目してほしいのは、AIという技術そのものより、使う場面です。
利用者の板橋さんは、一人で営業をしていると、自分の営業にフィードバックしてくれる人がいないと話していました。また、直近3件の商談でフィードバックを受け、前回指摘された点を次の提案で意識するようになったそうです。
これは板橋さんの体験であって、僕自身の営業体験ではありません。また、この発言だけで成約率が向上したとは言えません。
それでも「営業をもっと良くしたい」という広い悩みが、次のような具体的な利用場面になることは分かります。
- 商談が終わった後に使う
- 商談のテキストを入力する
- 良かった点や改善点を確認する
- 次の商談で意識することを決める
僕のコーチングには日程があり、参加できない方もいます。相談の順番を待つこともあります。その間に、自分の商談を振り返る手段がある。ここに、専門家の知見をソフトウェアで届ける意味があります。
知識の量だけでなく、判断の観点が価値になる
このシステムでは、初回商談、インタビュー、提案といった場面を選んでフィードバックを受ける構成が紹介されています。商談の場面によって、扱うべきテーマが違うからです。
この事例をマイクロSaaSの企画に引きつけるなら、僕が着目したいのは、専門知識を詰め込むだけでなく、特定の場面で判断や行動に使える形にすることです。
自分が繰り返し受けている相談や、毎回確認しているポイントはないでしょうか。それが、アイデアを考える出発点になります。
なお、AI秦卓民は会員サービス内で提供される機能です。独立したマイクロSaaSとしての売上や採算を示す事例ではなく、専門知識を機能化した例として紹介しています。
出典:トップセールスの知見を学習したコーチングAIを公開!営業相談から商談フィードバック
マイクロSaaSの始め方:顧客理解から収益化までの5ステップ
アイデアを思いついたら、すぐに開発に入るのではなく、顧客理解から一つずつ進めます。ここでは、僕たちの事業開発の経験も踏まえて、5つのステップに整理します。
1.「誰の、いつの困りごとか」を決める
「中小企業向け」「営業担当者向け」だけでは、まだ広すぎます。
僕なら、次の項目まで具体化します。
- 誰が使うのか
- どんな場面で困っているのか
- 今はどう対処しているのか
- その対処に、どんな手間や不満があるのか
- その問題は、どのくらい繰り返されるのか
ここで大事なのは、想像だけで答えを埋めないことです。
僕たちが開催した事業開発キャンプでも、メンバーが僕に方向性を確認しに来る場面がありました。そのとき僕は「ペルソナに聞いて」と伝えています。僕がその商品の対象顧客ではないなら、僕の賛成を得ても、顧客に必要とされる証明にはならないからです。
まず聞きたいのは「こんなサービスがあったら欲しいですか」だけではなく、最近実際に困った出来事です。直近の仕事の流れや、今使っている代替手段まで聞くと、作るべきものが具体的になります。
出典:ENERGIZE主宰の「事業開発キャンプ」を2日間 完全密着。経営幹部100名が集まって真剣に新規事業について議論しました。
2.表面的な要望の奥にある課題を考える
顧客の話を聞いたら、言葉どおりの要望だけでなく、その奥にある困りごとを考えます。僕たちの事業開発プログラム「DIVE」でも、顧客理解から試作品づくりまでを段階的に進めています。
石井裕大さんは、DIVEのプロセスを次の三つに整理して説明しています。
- 共感:顧客に話を聞き、観察し、実際の業務を体験する
- インサイト:表面的な発言の奥にある困りごとや価値観を言語化する
- アイディエーション:価値を試作品として形にする
DIVEは共同代表の生島を中心に作られ、石井さんらが進行を担っています。僕自身がこのプログラムをファシリテーションしているわけではありません。
先ほどの商談フィードバックの例なら「録画を見直したい」という要望だけに着目すると、再生しやすいツールを考えるかもしれません。
一方、板橋さんの話には「自分の営業を見てくれる人がいない」「次の商談で何を直すか知りたい」という困りごとがありました。僕はここから、記録を見返すことより、改善点を得ることに価値があると考えます。
ただし、これは利用者の発言から導いた解釈です。同じ職種の全員に当てはまるとは限らないので、ほかの対象顧客にも確かめる必要があります。
3.完成品ではなく、価値を確かめる試作品を作る
顧客の課題が見えたら、次は価値を確かめる試作品を作ります。石井さんがDIVEの説明で強調していたのは、完成してから売りに行くのではなく、早く試作品を作って顧客からフィードバックをもらうことでした。
マイクロSaaSでも、最初に確かめるべきなのは機能の多さではありません。
たとえば、入力画面と結果の見本を用意して「この結果が得られたら、次の仕事で何が変わりますか」と聞く。必要なら一部を手作業で提供し、本当に役立つかを先に確かめる。これらは、その考え方を小規模なサービス開発に応用した進め方です。
確認したいのは、単なる「便利そう」という感想よりも、次の点です。
- 結果を見て、具体的な行動を変えられるか
- 次に同じ問題が起きたときも使いたいか
- 今の代替手段から切り替える理由があるか
- お金を払うなら、何が必要か
AIで仮説や試作品を作ることはできます。ただ、AIが生成した顧客像を、実際のお客様の反応と同じものとして扱わないことが重要です。
4.価格は機能数ではなく、顧客が受け取る価値から考える
試作品を使ってもらえそうなら、価格も考えていきます。僕は客単価について相談されたとき、誰もが納得する価格を先に探すのではなく、まず顧客を明確にすることをお伝えしています。
大切なのは、その人が目指すゴールと、サービスによって期待できる変化です。
マイクロSaaSに応用するなら、次の問いになります。
- どの仕事の手間を減らせるのか
- どんな見落としややり直しを減らせるのか
- その価値は一度きりか、継続して発生するか
- 実際に使う人と、支払いを決める人は誰か
月額課金にしたいからといって、顧客に毎月価値が生まれるとは限りません。継続して使う理由があるかを先に考えます。
同時に、採算も見なければいけません。AI秦卓民の紹介動画でも、ユウスケさんは利用に伴ってAIの費用が発生するため、トークンによる利用制限を設けていると説明しています。
僕なら、料金案と一緒に、AI利用料、サーバー費、決済費用、サポートや保守の負担を書き出します。「売上がある」と「運営を続けられる」は同じではないからです。
出典:【値上げは怖くない】客単価を上げる方法をトップセールスに相談しました。/トップセールスの知見を学習したコーチングAIを公開!営業相談から商談フィードバック
5.最初の顧客に直接届け、継続利用を確かめる
価格や提供範囲を考えたら、まずは課題が明確な相手に具体的な提案をします。最初から大勢に届けようとするより、何が伝わり、何が足りないかを確かめやすくなります。
僕自身、初期にサイバーエージェントへ、マネジャー向けの合宿を無償で提供する提案をし、事例として紹介することの了承をいただいた経験があります。
これはソフトウェアの販売実績ではありません。ただ、相手にどんな価値を提供できるかを説明し、実績としての公開条件も合意する、という考え方は応用できます。
試用をお願いするなら、期間、利用範囲、聞きたいこと、事例公開の可否を明確にする。無料で使ってもらえたことと、有料で継続してもらえることは分けて確認します。
利用が始まったら、登録人数だけでなく、次の点を見たいところです。
- 繰り返し使われているか
- どの場面で利用が止まるか
- 支払いを続ける理由は何か
- 問い合わせ対応が運営を圧迫していないか
出典:【値上げは怖くない】客単価を上げる方法をトップセールスに相談しました。
マイクロSaaSを始める前によくある疑問
試作品を作る前後には、開発方法や費用、AIの必要性など、いくつか気になる点が出てきます。ここでは、始める前に考えておきたいことを整理します。
ノーコードやAIを使えば、非エンジニアでも始められますか?
試作品作りの選択肢にはなります。ただし、動く画面を作ることと、顧客のデータを扱いながら安定して提供することは別です。
開発手段だけでなく、市場調査、試作、顧客からのフィードバック、価格設定も考える必要があります。顧客対応や運営を含めて事業として成り立つかを確かめましょう。
特に商談記録などを扱うなら、入力してよい情報、利用目的、保存や削除、アクセス権限、外部サービスへの送信範囲を確認したいところです。僕なら、自分で判断できない技術・運用上の問題は、専門家に相談します。
マイクロSaaSはどのくらい儲かりますか?
一律には言えません。料金、顧客数、継続率、提供コストによって変わります。
たとえば、月額3,000円を100社が支払えば、単純計算の月間売上は30万円です。ただし、これは説明用の仮定であり、平均的な実績でも利益でもありません。そこから運営費用がかかり、解約があれば売上も変わります。
僕が先に確かめたいのは、大きな売上予測よりも「この顧客が、この価値に、この金額を払い続ける理由があるか」です。
必ずAIを組み込む必要がありますか?
ありません。マイクロSaaSは、AIの有無ではなく、対象とする課題や運営規模で考えるものです。
僕たちの事例では、過去の知見を参照した回答や商談フィードバックにAIを活用しています。ただ、目的はAIを使うことではなく、お客様の仕事に役立つことです。
まとめ:小さく作る前に、誰にとって必要かを深く考える
マイクロSaaSを始めるうえで、僕がお伝えしたいのは次の順番です。
- 繰り返し起きている具体的な困りごとを見つける
- 対象顧客に話を聞き、本当に必要な価値を考える
- 小さな試作品で、使う理由を確かめる
- 顧客が受け取る価値と提供コストから価格を検討する
- 実際に届け、継続利用の理由を確かめる
僕たちのコーチングAIの例も、出発点には、現場で積み重ねてきた相談と回答がありました。その知見を、必要な場面で使える形にしたわけです。
小さく作ることより先に、誰にとって必要なのかを深く考える。
まずは、あなたが最近受けた相談や、何度も手伝っている仕事を書き出してみてください。そこから、話を聞くべき最初のお客様が見えてくるはずです。


