
AIを使えば、一人でも商品やサービスを作り、発信し、お客様に届けやすくなります。そんな働き方として「AIソロプレナー」に関心を持つ方も増えているようです。
ただ、作れるものが増えることと、事業が育つことは別です。
誰に、どんな価値を届けるのか。その価値をどう伝え、お客様の成功につなげるのか。ここが曖昧なままAIによって作業だけを速くしても、事業の売上につながるとは限りません。
僕は、フリーランスや一人社長へのコーチング、営業支援、組織での事業開発に関わってきました。また、これまでの相談と回答をもとに、ビジネスパートナーがAIの相談システムを開発しています。
その経験から、AIソロプレナーを目指す方に伝えたいことがあります。
AIに任せたいのは、単に作業を速くすることではありません。私たちがお客様を理解し、提案し、改善するための余力をつくることがAIの役割です。
この記事では、AIソロプレナーの意味を整理したうえで、僕たちの実例も交えながら、一人で事業を育てる方法を考えていきます。
AIソロプレナーとは、一人を中心にAIと事業を運営する起業家
AIソロプレナーとは、生成AIやAIエージェントを業務に取り入れ、一人を中心に事業を運営する起業家を指す言葉です。この記事では、事業の意思決定を自分で担い、実務の一部をAIに任せる働き方として扱います。
たとえば、次のような分担が考えられます。
| 業務 | AIの活用候補 | 自分で確認・判断すること |
|---|---|---|
| 商品づくり | 顧客の声の整理、試案の作成 | 実際に必要とされるか、自分が提供できるか |
| 営業 | 質問案や資料の下書き、商談の振り返り | 相手が望む成果、提案内容、約束する範囲 |
| 発信 | 構成案、文章の整理 | 自分の経験や主張、事実関係、公開の可否 |
| 事業管理 | 記録の集計、計画案の整理 | 目標、優先順位、費用をかける判断 |
これはAIの活用候補を整理したものです。どの業務も、すべて自動化できるという意味ではありません。
フリーランスや一人社長との違い
フリーランスは主に仕事の受け方、一人社長は会社の体制を表す言葉です。
一方で、AIソロプレナーは、AIを組み込んだ事業運営のあり方に注目した呼び方と考えると分かりやすいでしょう。
これらは重なります。受託の仕事をしている人でも、AIを使いながら自分で事業を設計できます。「フリーランスは作業者、AIソロプレナーは経営者」と、きれいに分ける必要はありません。
大切なのは肩書きよりも、「どの仕事をAIに任せ、どの判断を自分で担うか」です。
AIソロプレナーの出発点は、AIではなくお客様に聞くこと
「AIで何か事業を作りたい」と思うと、まずAIに事業のアイデアをたくさん出してもらいたくなるかもしれません。
アイデアを広げること自体は役立ちます。ただ、その案を必要としている人がいるかどうかは、別に確かめなければいけません。
正解を持っているのは、社長でもAIでもない
ENERGIZEの事業開発キャンプで、メンバーが新規事業の方向性を僕に確認しに来たことがありました。
そのとき僕が伝えたのは「僕に確認しないで」「ペルソナに聞いて」ということです。僕がそのサービスのお客様ではないなら、僕の評価だけで正解を決めることはできないからです。
これはAIソロプレナーにも当てはまります。AIが筋の通った説明をしてくれても、それだけで市場の需要を確かめられたことにはなりません。
まず聞きたいのは、具体的な事実です。
- 最近、どんな場面で困ったのか
- 今はどう対処しているのか
- その対処に何が足りないのか
- 何ができるようになれば、成功と言えるのか
AIには、回答の整理や次に確かめる質問の案出しを手伝ってもらう。けれども、実際のお客様の声を、AIが想像した人物像で置き換えないことです。
キャンプで生まれた事業案も、最初の形のまま進むとは限りません。実際に実行してみて、形を変え、改善を繰り返していく。その回数が大事なんですね。
出典:ENERGIZE主宰の「事業開発キャンプ」を2日間 完全密着。経営幹部100名が集まって真剣に新規事業について議論しました。
自分の知見をAIで届ける——「AI秦卓民」の実例
AIソロプレナーが扱う商品は、アプリに限りません。これまでの相談への回答や、専門分野で培った判断の仕方も、サービスを考える出発点になります。
僕たちの「AI秦卓民」というサービスは、その一例です。ただし、僕が一人で開発したものではありません。開発したのは、ビジネスパートナーの祐介さんです。
蓄積した相談と回答を、相談できる仕組みにする
僕は約2年間、フリーランスや経営者、一人社長の方々から相談を受け、回答するコーチングを続けてきました。
営業、目標設定、マインドセット、組織のこと。そうした相談と回答の蓄積をもとに、過去の事例や僕の回答を参照して答える仕組みが作られました。
公開動画での祐介さんの説明によると、当時、相談と回答のデータベースは約260件ありました。また、過去に該当する相談がない場合には、その旨を返す仕組みだと説明しています。
この取り組みから考えられるのは、AIで新しい知識を大量に作るだけでなく、すでに持っている知見を必要なときに取り出せる形にすることにも価値があるということです。
相談への回答や、実際に役立った助言が蓄積しているなら、それを整理するところから始められます。
ただし、お客様の情報を再利用する場合は、利用目的や許諾、守秘義務の確認が前提です。
一人で営業する人には「振り返りの相手」が必要
同じシステムには、商談のテキストログをもとにフィードバックする機能もあります。
動画に出演した利用者の板橋さんは、直近3回の商談すべてでフィードバックを受け、前回の改善点を次の提案で意識するようになったと話していました。自分ではできているつもりだったことや、抜けていたことに気づける点を評価しています。
これは板橋さんの利用体験であり、僕自身の営業成績ではありません。また、その動画の中で成約率の改善が実測されたわけでもありません。
それでも、一人で営業を担う人への示唆はあります。AIを「代わりに売るもの」としてだけでなく、自分の営業を振り返る補助役として使うことです。
僕が重視しているのは、次の商談段階へ進む割合を改善することです。そのためにも、毎回の振り返りは大切です。AIの指摘を商談の文脈と照らし合わせ、次に変える行動は自分で選んでください。
出典:トップセールスの知見を学習したコーチングAIを公開!営業相談から商談フィードバック
AIで営業資料は作れても、信頼まで自動で作れるわけではない
AIに任せる範囲を考えるとき、僕が特に慎重になってほしいのは、お客様に直接見せる提案です。
僕は動画で、AIに頼りすぎた営業資料について厳しく話しています。AIで作る資料は、デザインや体裁が整っており、作ったことだけで満足してしまいがちです。
しかしながら、提案資料で一番大事なことは「お客様に何を伝えるか」です。資料作成の際の情報整理にAIを使うことは構いませんが、提案の本来の目的を見失わないようにしましょう。
三原さんの事例で変わったのは、デザインだけではない
組織コンサルティングを手がける三原尚美さんの事例では、祐介さんが資料を添削し、三原さん自身が作り直しました。
見直したのは、主に次の点です。
- なぜこの仕事をしているのかという思い
- 元ファーストクラスの客室乗務員という経歴
- 支援先にどんな成果があったのかという実績
- お客様が望む成功を聞き、個別の提案につなげる流れ
三原さんは動画で、見直し後の提案が、その時点で4件中4件成約したと報告しています。
ただし、これは限られた件数についての本人報告です。資料だけでなく、営業の学習、目標設定、質問の仕方、提案への向き合い方も変わっています。「AIを使わず手作りすれば成約率100%になる」と受け取るのは違います。
僕がここで伝えたいのは、実績があっても、相手に伝わらなければ選んでもらえないということです。
共通資料を増やすより、そのお客様に必要な内容を選ぶ
僕は、営業資料を業種や規模、相手のニーズに合わせて変えてほしいと話しています。
共通の資料を持っていき「ここは省きます」と説明するより、最初からそのお客様に必要な内容を選んでおく。そこに、相手への向き合い方が表れます。
AIに下書きを頼むなら、最後に確認したいのは次の3つです。
- お客様が望む成果に答えているか
- 実績や経歴が、誤解なく伝わるか
- 自分が責任を持って説明し、提供できる内容か
AIソロプレナーだからこそ、自分の名前で出す提案の責任は手放せません。
出典:売れる営業資料の作り方|AI資料と手作りで“成約率がここまで変わる”
AIソロプレナーの始め方は、目標と一つの改善から
ここまでの話を、最初の行動に落としてみましょう。僕の計画づくりの考え方をAIを使う一人事業に当てはめるなら、次の順番です。
1.誰に、どんな成果を届けるか決める
最初に決めたいのは、使うAIではなく、価値を届ける相手です。
まだ受注がなければ、対象となる人に話を聞き、小さく提案する。すでにお客様がいるなら、喜ばれた仕事や、繰り返し相談されることを振り返る。
「AIで作れるから売る」ではなく「求められる価値を届けるためにAIを使う」という順番です。
2.目標を決め、改善するKPIを絞る
僕は計画づくりで、大きなゴールと、それにつながる少数のKPIを決めることを勧めています。KPIとは、目標への進み具合を見る指標です。
経験のある方なら3つ、初めての方なら1つでも構いません。全部を同時に良くしようとしないことです。
たとえば営業なら、提案数、成約率、平均契約単価に分けて考えられます。
仮に同じ期間に10件提案し、成約率が20%、平均契約単価が50万円なら、受注額は100万円です。これは説明用の計算で、僕や相談者の実績ではありません。また、受注額は利益や手取りとは別です。
そのうえで、自分はどこを改善するのかを選びます。
| 改善したいこと | AI活用の候補 | 見たい変化 |
|---|---|---|
| 提案準備の負担 | 情報整理や資料の下書き | 確認・修正も含めて時間が減ったか |
| 商談の進め方 | 商談ログの振り返り | 次回の質問や説明が改善したか |
| 提供価値の伝達 | 顧客の声と実績の整理 | 価値が伝わり、提案への反応が変わったか |
見るのはAIを使った回数ではなく、選んだ課題が改善したかどうかです。
3.外してはいけない仕事を残す
僕は計画を、次の3つに分けて考えています。
- 成果のために、絶対に外してはいけないこと
- やったほうがいいと分かっているのに、まだやっていないこと
- 今までとは逆のやり方を試すこと
AIの導入は、新しい試みの一つです。そのために、既存のお客様への約束や提供品質をおろそかにしてはいけません。
僕自身、コーチングを始めた頃、師匠から新規営業を止められた経験があります。そのとき既存のお客様への支援を増やしたことで、成果や信頼が生まれ、紹介や継続につながったと振り返っています。
AIで時間が空いたら、発信や新規営業を増やすだけでなく、今のお客様への価値提供に使う選択肢も持ってほしいと思います。
4.一つの工程で試し、確認の負担まで測る
最初は、繰り返し発生し、自分で良し悪しを確認できる工程から試してください。
何を入力するか。何が出れば使えるか。どんな誤りは許容できないか。それを決めて、少量で試します。
生成する時間が短くなっても、確認と修正に時間がかかるなら、事業全体では楽になっていないかもしれません。
続けるか、任せ方を変えるか、いったん戻すか。AIを増やすことではなく、仕事が良くなることを基準に判断します。
出典:【トップ経営者の計画術】目標達成・ブレイクスルーを起こす計画の立て方
※動画の計画論を、AIソロプレナー向けに整理・応用しています。
費用・スキル・情報管理で気をつけたいこと
AIを事業に取り入れる前に、開発経験の有無だけでなく、費用や顧客情報の扱いも整理しておきたいところです。ここでは、始める前に確認しておきたい点を見ていきます。
開発経験がなくても始められる?
文章の整理や下書きを試す段階と、独自のサービスを開発・公開する段階は分けて考えてください。
「AI秦卓民」も、僕が一人で実装したものではありません。自分の専門知識を生かすことと、開発・運用の専門性を持つことは別です。
一人を中心に事業を持つからといって、必要な専門家への相談まで一人で抱える必要はありません。
費用は何を見ればいい?
ツールの月額料金だけでなく、利用量に応じた費用、関連サービスの費用、自分が確認・修正する時間まで含めて考えたいところです。
「AI秦卓民」の公開動画でも、利用にコストがかかるため、トークンによる使用制限があると説明しています。無料体験の案内はありましたが、無制限に無料という意味ではありません。現在の提供条件は、利用前に確認してください。
顧客情報をそのまま入力していい?
商談記録には、個人情報や取引上の秘密が含まれることがあります。
入力前に、相手との契約や同意、サービスの利用規約、データの保存・利用条件を確認してください。動画内でセキュリティに触れていたとしても、それだけで安全性を判断することはできません。
まとめ:AIで増やしたいのは、お客様の成功に向き合う時間
AIソロプレナーを目指すなら、最初から「一人で何でも自動化する」ことをゴールにしなくていいと思います。
まず、お客様が望む成果を知る。そのための商品や提案を考える。そして作業や振り返りの一部をAIに任せ、改善を続ける。
僕たちの取り組みでも、AIの材料になったのは、相談に答えてきた蓄積でした。営業資料の事例で大切だったのは、相手に伝える内容と向き合い方でした。事業開発では、僕の評価より、対象となるお客様に確かめることを重視しました。
AIで作業を増やす前に、お客様の成功につながる行動を一つ増やす。
まずは今の仕事から、改善したいことを一つ選んでみてください。その改善を助けるためにAIを使う。そこから始めればいいんです。


